2017年9月20日水曜日

少量のアルコールでも脳には良くない、自殺率と精神科ベッド数との関係、レベチラセタムのイライラと睡眠パターン、偽薬効果は前投薬がないと起こらない?

ほどほどのアルコール使用でも脳機能の異常や認知機能低下につながる
Moderate alcohol consumption as risk factor for adverse brain outcomes and cognitive decline: longitudinal cohort study
http://www.bmj.com/content/357/bmj.j2353
アルコールはやはり強い依存性物質だと思う。お酒を飲む患者さんにやめたほうが良いと指導すると、必ず「でも、ちょっとなら体にいいんでしょ?」と患者さんに言われる。これが依存症者の発言でなくてなんなのだろうか。
そういった患者さんに対する僕の返答はいつも一緒で、「たくさんのお酒が体にとても悪いことは明確にわかっています。少量のお酒が体に良いというのは、そういう説もあるという程度で明確にはわかっていません。また、良いといってもありうる効果はほんの少しです。なので、全く飲まないほうが論理的には正解です。」というもの。これを聞いてお酒をやめてくれた患者さんはいないと思う、、、残念ながら。。。
さて、この論文だが、550人を集めて頭部MRIを施行し認知機能検査をしている。大量飲酒者で脳萎縮及び認知機能検査の低下がみられたのは当然だが、少量飲酒者でも右の海馬萎縮はオッズ比3倍でリスクが高かった。また、認知機能検査でも少量飲酒での保護敵作用は認めなかった。
ま、そうだよね、という論文だが、New England Journal of MedicineのJournal Watchにも取り上げられた。http://www.jwatch.org/na44298/2017/06/27/even-moderate-alcohol-consumption-associated-with-adverse
やっぱりお酒はタバコと並んでもっとも流通している依存性物質なわけで、話題性は高い。僕も飲酒者なので、気をつけよう、、、


アメリカでの精神病院の減少と自殺率の関係
Suicide rates and the declining psychiatric hospital bed capacity in the united states
http://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/article-abstract/2630758
jama psychiatryのletter
アメリカではこの15年で22%も自殺率が上昇しているそうである。反面、医療行政の入院医療の抑制制作により精神科のベッド数は10万人あたり34ベッドから22ベッドに減少している。このletterでのグラフでは自殺率とベッド数は1999年から2013年まで、毎年ほぼそれぞれ純増・純減している。
州ごとのベッド数と自殺率の相関を取ると、精神科ベッド数が少ないほど自殺率があがるという相関がP<0.001という有意で認められた。(risk ratio 0.987)これは精神科ベッドが1つ少ないと年間の自殺率が1.32%上がるという結果のようである。しかし、年ごとの精神科ベッド数の減少率と自殺率には有意な相関はなかった。また、州ごとの精神科医療への支出と自殺率の関係では有意な関係はみられたが、差は非常に小さかったという。
感想
精神病院をなくしたといわれるイタリアは現在でも自殺率が低い。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%87%AA%E6%AE%BA%E7%8E%87%E9%A0%86%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88)
かといってイタリアの精神医療が最高だということもどうもなさそうで、イタリアの精神医療を褒め称える人は一部の偏った人たちだけだし、実際に学びに行ったような人もほとんどいない。
自殺率をアウトカムに取ると、特にマクロでみると、はっきりとした精神科医療施策などの効果をみつけるのは難しい。自殺はやはりその国民・民族の器質や経済状況などに大きく左右されていて精神科疾患の影響を純粋に反映はしていないのであろう。
このアメリカの結果も、精神医療施策のみでアウトカムを説明するのは難しそうだ。
自殺という明確なアウトカムを指標に出来ないことで精神科医療というのは医療と効果がやはり見えにくく、マスな対策はエビデンスをもとにしにくいため取りにくいのだろうか。


朝型の睡眠タイプだとレベチラセタムのイライラの副作用が出やすい
Effect of sleep patterns on levetiracetam induced mood changes
http://www.epilepsybehavior.com/article/S1525-5050(17)30433-X/abstract
久々に自分の診療行動が変わると思った論文。
レベチラセタムは広域のてんかんのタイプに効く新規の抗てんかん薬で、副作用も少なくとても使いやすい薬である。これまで長らくカルバマゼピンが部分てんかんには第一選択だったが、徐々にこのレベチラセタムの優先度が上がってきて、第一選択の選択肢の一つになっている。欧州ではラモトリギンと比べて4倍の販売数であると聞いたことがあり、今後のてんかん医療ではラコサミドと一騎打ちで主役を張る薬だと思う。点滴製剤もあって重要な薬剤となっている。
しかし、レベチラセタムにはなかなか厄介な副作用がある。イライラ・攻撃性というのがそれであり、時折中止を余儀なくされる。この副作用は量を増やすと悪化する印象もあるが、少量からでもイライラする人はイライラするようであり、症状の出現はかなりデジタルな印象である。母親が「なんか前と違う雰囲気になった」というような軽度の若い女性から、処方されてから易怒・暴力がひどくなって老健施設にいられず入院となった認知症の高齢男性まで幅広い症状の程度を経験した。どの患者さんもイライラには「自分では気づかない」というのが特徴のようで、家人が困って相談されることが多い。
この論文ではchronotype (睡眠タイプ)とレベチラセタムの「mood change」の関係を探っている。 Morningness–Eveningness Questionnaire (MEQ)(https://www.cet.org/wp-content/uploads/2014/11/MEQ-SA-JP.pdf)という質問紙で朝型か夜型かを決定している。
110人にレベチラセタムを処方し、36人が「mood change」の副作用で継続できなかった。継続できなかった36人のうち86.1% が朝型で、13.9%が中間型、夜型は一例もなかった(p < 0.001)!!!朝型の人のうち32%のみが継続可能で、中間型の90.2%、夜型の100%が継続可能だったという。継続可能だった人のうち20.3%が朝型、62%が中間型、17.6%が夜型となった。また、BDI-II とNDDI-Eといううつ病スケールとイライラの副作用は相関しなかったようだ。
少なくとも日本語版のMEQではそれなりに朝型・中間型・夜型でバランスの良い結果が出ており(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jshhe1931/61/3/61_3_139/_pdf)、MEQの偏りによる結果ではなさそうである。
これだけをみてレベチラセタムの処方を遠慮するということはないだろうが、今後はレベチラセタムを処方する患者には朝型かどうか質問して、副作用出現の参考にしようと思う。

偽薬効果は前投薬がないと起こらない?
The placebo effect on bradykinesia in Parkinson's disease with and without prior drug conditioning
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/mds.27142/full
パーキンソン病の寡動に対してプラセボ効果があるかどうか、という報告である。
まず、精神疾患ではなく神経疾患であるパーキンソン病の症状に対してでもプラセボが思った以上に効果があるというのが驚きであるが、これまでの研究でもその効果は確かめられているようである。
さらに、この報告では、以前に寡動に対して効果のある薬剤を投与したことがなければプラセボの効果はなく、逆に以前にアポモルフィンによる治療をうけた群ではプラセボ効果を認めたという。
やっぱり一度治療を受けて効果があると、その後も治療に期待したりしてプラセボ効果が強く現れるのであろうか。そう考えると、精神疾患でも「薬の効く人」と「薬の効かない人」というのがあるが、初期治療が大きくその後に影響しているのかもしれない。初期治療でうまくいってしまえば、後はプラセボだろうがなんだろうが効果があるのだろうか。